​MEZZANINE 05

​Autumn / 2021
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 表現する者も、自我を殺して身を潜めるアノニマスをも、等しく受け入れる都市の包容力と可能性に魅了されたアーバニストにとって、2020年1月23日の武漢市ロックダウン以降、都市を再考する機会が続いている。リモートによりベッドタウンでも一定の仕事がこなせることが判明した今、業務機能の本丸であるCBD(中心業務地区)は新たにどこに向かうべきか。

 

 全要素生産性の向上が求められる知識経済下の日本において、パンデミック以前は、グローバル企業の本社が集積するエリアが存在感を示していた。今、そのCBDが「三密回避」の各社ルールの徹底により都内で最も閑散とした場になっている。注目すべきは、それでも業務は回る、会議は踊る、という事実だ。どうやら形式知駆動のロジカルシンキングの世界は、さほど集積の外部性が効いていなかったのかもしれない。

 

 一方、東京で起業家が集積している渋谷区6地区、港区3地区、新宿区1地区では、平時と比べて人流は減ってはいるものの、少なからず往来を確認できる。暗黙知とアイディア同士の衝突を糧にプロトタイプを廻すスタートアップ界隈の方が、近接・高密の環境特性をうまく使いこなしている、と言ったら短絡的に過ぎるか。

 

 そこで今号では、「密」が忌み嫌われている今のうちに、都市が誇る最大の基本性能の一つである「近接・高密」のありようを再考してみようと試みた。日本のCBDが、凋落した北米ボストンのハイテク企業集積エリア「ルート128」に重なって見えたからである。CBDがロジカルシンキングや企業同士の厚い壁に守られたクローズドな業務の作業場に止まっていたのでは、創造や発明の震源地になるには程遠い。パンデミックが収束しても全要素生産性は現状のままだ。業務であれ、文化であれ、娯楽であれ、共創資本が効いてハプンしている街こそが、都市の本領を発揮する。

 

 新しい「近接・高密」のありようを考えるにあたっては、経済学、経営学、社会学、空間情報学、都市計画の各分野の研究者、さらにビジネス界の識者、世界中のアーバニスト、総勢30余名のシンカーから寄稿を得た。高密性・多種性・専門性・偶発性を本領とする都市のアナロジーを誌面に再現しようと思った。いずれも鳥肌もののオピニオン、パンチライン(この単語どこで区切るの?)に溢れている。触発される文章と出会ったならば、ぜひ余白にどんどん書き込んで欲しい。プリントメディアの醍醐味である。「都市は人類最高の発明である」(エドワード・グレイザー)、ピース。

 

MEZZANINE 編集長 吹田良平